広報いばらき

特集3 人がつながる、音でつながる
茨木を元気にする音楽のチカラ

茨木の代表的な音楽イベントとなった「茨木音楽祭」をはじめ、「茨木麦音フェスト」「Ibaraki Jazz & Classic Festival」など音楽が茨木のまちに広がっています。

昨年は新型コロナウイルス感染症の影響により、すべて中止となりましたが、茨木を愛する人たちの「音楽でつながろう!」という思いは、変わらず続いています。

問合先、商工労政課 電話620-1620

まちに音楽が鳴り響く!市民発の音楽イベント

 近年、茨木の魅力を音楽で高める市民発のイベントが増えています。その大きなきっかけとなったのが、2009年に始まった“イバオン”こと茨木音楽祭です。ゴールデンウィークの2日間、中央公園グラウンドをメインに、阪急茨木市駅やJR茨木駅の周辺にある施設や飲食店などで開催。屋内外20か所近い会場に約200組ものミュージシャンが集まりながらも、すべて入場無料で開かれています。

 運営を担うのは、「音楽を通して茨木のまちを元気にしよう!」というコンセプトのもとに集まった、地元を中心とする有志たち。準備から撤収まで含めると、延べ400~500人ものボランティアスタッフが活躍する、手づくりのビッグイベントです。フリーマーケットや手づくり市、クラフトショップや地元飲食店によるフードコーナーの出店などもあり、音楽以外にも楽しめる要素が満載。来場者の年代も幅広く、ファミリー層を中心に誰もが気軽に楽しめる人気のお祭りとなっています。

コロナ禍で再認識された音楽でつながる大切さ

 イバオンが始まって以降、市民主体の新たな音楽イベントがスタートしたり、生演奏を行う店が増えたりと、茨木は音楽でのつながりが広がっています。

 例えば、2012年から毎年9月に中央公園グラウンドで開催されてきた「茨木麦音フェスト」。その名のとおり麦=ビールとバクオン=爆音が一緒に楽しめるイベントです。ほかにも、阪急茨木市駅界わいで行われる「Ibaraki Jazz & Classic Festival」が、2018年9月にスタート。関西を拠点に活躍するプロミュージシャンの演奏を無料で届けています。

 いずれも昨年は新型コロナウイルス感染症の影響により中止となってしまいましたが、そのことで再認識されたのが、人々の暮らしに活力を与えてくれる音楽の大切さです。茨木を愛する人たちの「音楽でつながろう!」という思いは、ずっと続いています。

茨木音楽祭

その場の全員で創り上げる喜び…中止を経て、音楽の力を再認識した

実行委員長 福永 孝文 さん

にぎわいが少なかった茨木を音楽で盛り上げていきたい

 「茨木音楽祭」の実行委員長を務めるのは、ライブもできる阪急茨木市駅前のバー「JK茨木」を、1999年から切り盛りする福永孝文さん。その年のゴールデンウィークに始まった高槻市の音楽イベント「高槻ジャズストリート」(通称:ジャズスト)が、イバオンのきっかけになったといいます。

 「ジャズストは、高槻市民の有志が立ち上げた企画で、僕も初回から手伝っていたんですよ。年々、高槻が盛り上がっていくなか、茨木に帰ってくると、ゴールデンウィークのにぎわいが感じられない。せっかくなら、これまで関わってきた音楽で茨木を盛り上げたいと考え、イバオンを始めようと考えました」

 「最初は手探り状態のまま知り合いに声をかけた」そうで、初回は中央公園グラウンドで1日だけ、出演者も約10組での開催でした。

 「ステージも大工をやってる知人と一緒に組み上げ、飲食ブースも実行委員会でまかないました。ただ雨で思うようにできなかったんですよ(苦笑)。7000人ほどの動員はあったんですが、悔しくて悔しくて……。このままじゃ終われないという思いが、続ける原動力にもなりました」

 これまでに、歌手の大西ユカリさんやEGO-WRAPPIN’、ブラックボトム・ブラス・バンドなど、多彩なゲストが登場。前回の2019年は、ジャズ・トランペット奏者の日野皓正さんやシンガーソングライターの山崎まさよしさんが出演し、約6万人もの動員を記録しました。

 「協力してもらったジャズストとは、今も兄弟イベントとして連携をとりながら、広く北摂を盛り上げようと頑張っています」

日常のなかに楽しみは必要。できる範囲で分かち合いたい

 近年ではプロ・アマ問わず、あらゆるジャンルの人たちが出演するようになったイバオン。吹奏楽部の学生とビッグバンドのプロミュージシャンが共演する場を提供するなど、「文化形成の一助になれば」という願いも込められています。

 「子どもたちの感受性に刺激を与えたいし、音楽で挑戦できる場をつくりたい。大きくなったとき『楽しいまちに住んでいて良かったな』と思ってもらえるイベントにしたいですね」
 そんななか見舞われたコロナ禍。感染拡大防止の観点から、昨年は中止を余儀なくされました。

 「とても悔しくて残念でしたが、関係者に迷惑をかけないようにと、緊急事態宣言の前、3月の時点で中止を決断しました」

 宣言の解除後、秋頃にはさまざまな催しが徐々に復活。その様子を見て、「日常のなかに楽しみは必要なものだと再認識した」と語ります。

 「コロナ禍において、娯楽は不要不急なもの、なくても生きていけると言われがちでしたが、生きる喜びにつながるものなんですよね。音楽は、聴いている人も関われる参加型の文化。生演奏はとくに、観客の熱気や手拍子などが、演者のモチベーションを大きく左右し、一緒に空間を創り上げる。だからこそ、元気づけてくれたり頑張ろうと思わせてくれたり、人の力になるんじゃないかなと」

 今年はできる範囲で、音楽の楽しさを届けたい。そう考え、感染拡大防止の対策をとりつつ、入念に準備を重ねているところだそうです。

 「小さいお子さんが生演奏で踊る様子や、一緒に聴いている親御さんの笑顔を目にすると、やりがいを感じます。音楽そのものはもちろん、茨木で楽しい時間を過ごしてもらいたい。イバオンが、魅力的なお店やスポットを知ってもらうきっかけになればうれしいです」

茨木音楽祭2021

とき、5月1日(土曜日)・2日(日曜日)に開催予定!
午前11時(雨天決行・荒天中止)
※開始時間は会場により異なる

ところ、中央公園グラウンド、阪急茨木市駅・JR茨木駅周辺の施設など、市内中心一帯の約10か所
※場合により中止になる可能性があります

コロナ対策を第一に考え企画!安心して楽しめるイベントに

今回は会場数や出演者数を大幅に減らし、人数制限を行うなど、国のガイドラインに沿う形で開催。演奏時間も1組45分から30分に短縮し、会場となるお店では検温も実施。屋外では、規定サイズのレジャーシート(有料)を敷いてもらうなど、しっかりと距離がとれるよう配慮する。

ボランティアスタッフが語る! イバオンに思うこと

おいしい飲食店を知る機会に

畑 優行 さん(30代)

飲食店を経営しているので、飲食ブースの充実に協力したいと考え、手伝うように。イバオンの終了後、余韻に浸ったまま疲れた体に流し込むビールは格別!茨木のおいしい飲食店を知る機会にもしてほしいです。

楽しさ、達成感が半端ない!

藤岡 康治 さん(50代)

人手不足で常に大変ですが、楽しさ、達成感は半端じゃありません。私たちが関わる「茨木」のなかで、音楽を通じ、世代を超えて気持ちがつながり輪が広がる機会です。普段の生活ではあり得ない出会いがここにはあります!

力を合わせて創り上げられる

今村 尚紀 さん(40代)

知り合いに実行委員がいたことをきっかけに関わるようになりました。音楽好きやお祭り好き、音楽のプロとも出会え、一緒に創り上げられるのが魅力です。ステージ前の柵を抑えていたときは、特等席でライブを堪能できました。

愛しかない最高のイベント!

大岩 翔葵 さん(20代)

初参加は大学生の頃。当日の様子を撮影し、Facebook上でリポートし、大きなやりがいを感じました。みんなが何の見返りもなく、大規模な祭りを創っていることに愛しか感じません。茨木に欠かせない、最高のイベントです!

笑顔があふれ幸せな気持ちに

川添 亜樹 さん(50代)

子どもが通う学校のPTAで声をかけられ、3時間程手伝って以降、毎年参加しています。世代の違う人たちと交流できたり初めてのことに挑戦できたりと、得られるものがいっぱい。みんなが笑顔になれるお祭りです。

音楽で茨木を盛り上げられる

上田 紗智子 さん(40代)

いろんな人に支えられ成り立っているイバオン。来場者や出演者の方が楽しんでいる姿を見ると、やっていて良かったなと思えます。続けていくことが一番大変。音楽を通じて、みんなで茨木を盛り上げようとできるのも魅力です。

茨木音楽祭のボランティアにあなたも参加してみませんか?

秋の茨木を彩る、音楽の祭典。再び楽しめる日へと、思いをつなぐ

茨木麦音フェスト

実行委員長 右遠 英悟(うとお えいご)さん

笑顔と感動の涙があふれる野外フェス。本物のロックを、明日への活力に

 「茨木麦音フェスト」を立ち上げたのは、1982年に結成し、フランスの雑誌で表紙を飾るなど海外からの支持も熱いロック・バンド「MIDAS」でバイオリン・ボーカルを担う右遠英悟さん。

 「生まれ育った茨木にプロミュージシャンを呼んで野外フェスを開きたいという思いがありました。僕も大好きな全国各地のクラフトビールを入口にすれば、普段音楽になじみのない方にも本物のロックに触れてもらえるし、茨木の飲食店も集めれば、家族みんなで楽しめて、おいしいお店を知ってもらえる機会にもなるかなと」

 入場無料で100種以上のビールがリーズナブルに味わえ、ステージ上では2日間で総勢10組の熱いライブを展開。動員数は毎年増え、2万人を超えるイベントになりました。

 「コロナ禍であらゆるライブがなくなり、音楽は匂いも含めその場全体を包むものだと気づきました。中止は断腸の思いでしたが、麦音の灯火を絶やすつもりはありません。日頃、皆一様に抱えている問題や悩みなども2日間だけは忘れて、翌日からの活力にしてもらえるよう、また必ず復活させますよ」

Ibaraki Jazz & Classic Festival

実行委員長 加藤 眞一さん

実行委員 木曽 稔之さん

魅力ある街角で人々を癒すジャズとクラシックを届けたい

 「Ibaraki Jazz & Classic Festival」のメインステージは、阪急茨木市駅前のソシオ1(茨木ビル)。その周辺エリアの活性化に携わっていた加藤眞一さんとジャズ・ドラマーの木曽稔之さんが中心となり始まりました。

 「商店街とのコラボ企画を考えていたときに出会ったのが、JR茨木駅前の広場でジャズのイベントを開かれていた木曽さんでした。良質なジャズやクラシックが流れてくることで、いつもは通り過ぎる駅前を居心地のいい空間に変えられたらなと」(加藤さん)

 当日のアンケート調査によれば、年配の方や女性が多いのが特徴的。満足度も非常に高かったものの、第3回はコロナ禍で中止に。

 「非常に残念でしたが、音楽でまちと人を結べる環境に戻れば、改めて開催したいです。再開できた暁には、ふと立ち止まって、まちの魅力を再発見してもらいたいですね」(加藤さん)

 「街角になじむ音楽から生まれる、心の安らぎを体感してもらえたらうれしいですね。ゆくゆくは、もっと日常的に音楽が流れるまちになってほしいです」(木曽さん)

徐々に耕されてきた茨木の音楽。ライブの音の温度や匂いは、生きる力にもなる

茨木の音楽シーンを支えてきた
ジャックライオン 眞柴 祥一 さん

年齢の壁を取っ払い、つながれる音楽の場を

 茨木の音楽についてたずねると、話題に挙がるのが、横江でライブハウス&音楽スタジオ「ジャックライオン」を営む眞柴祥一さんです。もともと府内で展開する楽器店に勤めていた眞柴さんが、独立の地に選んだのがここ茨木でした。

 「いろんなまちを歩いたなか、茨木には音楽を感じなかったんですよ。何にも染まっていない土地なら耕せばいい。ゼロからスタートできるのが魅力的でした」

 1995年、阪急茨木市駅近くに楽器店「びっくりギターズ」を開業。手の届きやすいアウトレット品を中心に扱い、どれだけ試奏をしてもOKという、風通しのいい環境をつくりました。

 「軽音学部を活性化すれば盛り上がるだろうと考え、各学校をまわって直せる楽器や機材は無料で修理していきました。そうすれば限られた予算で、より多くの生徒が演奏できるだろうと」

 こうして茨木の音楽シーンは徐々に盛り上がり、2000年に「ジャックライオン」をオープン。後に楽器店と音楽スクールも併設しました。

 「音楽を始めた子が、初めてライブをする場所をつくることが郊外店の役割。一方で、年配の方からライブのできる場所がないという声を聴き、誰もが自由に表現できる場をめざしました。これだけ音楽が細分化してきたら、もはやジャンルの壁なんてない。それより年齢の壁を取っ払い、つなげられる場にしたかったんです」

衝撃的な出会いがあれば、可能性はもっと広がる

 「ジャックライオン」では、幅広い世代のアマチュアだけでなく、世界的なプロミュージシャンも演奏。「とんでもない人たちの演奏を、若い子たちに無理やりにでも見せ、ときに共演もさせる」と眞柴さんは微笑みます。

 「そうすると、面白い化学反応が起きるんですよ。ジャンルに関係なく、音楽のあるべき姿を体現するような人に触れると、めざす矛先がぶれずに進める。ここで育ってプロになった子もたくさんいますが、僕が何かをしたわけではなく、見本となる大人や仲間と出会い、切磋琢磨したからこそ。たとえばフジファブリックの(山内)総一郎は高校時代、ここで観た内田勘太郎さん(憂歌団のギタリスト)の演奏に衝撃を受け、今では共演も果たしています。触れる機会を得れば、可能性も広がっていきますから」

 コロナ禍による自粛期間、思い知ったのがライブの必要性だったといいます。

「再開したときには号泣されるお客さんもいて……。今までライブを観に行くことが生きるモチベーションになっていたから、なくなると頑張れないという声も多かったんですよね。配信では、温度や匂いは伝わらない。自然と生音に触れられる環境がつくれれば、音楽を力に変えられる人たちも増えるはず。それが実現できる状況に早く戻ってほしいですね」