切磋琢磨し、ともに発展を、~濱田 剛史 高槻市長に聴く~

平成29年6月29日(木曜日)午後2時~午後3時

対談要旨

近隣市の市長であり、同じ弁護士市長でもある濱田剛史 高槻市長に、市長就任以来、これまでのご経験等などをざっくばらんにお聞きし、対談させていただきました。

椅子に座っている福岡市長と濱田市長

まとめ

・過去の人口の増え方など成り立ちに似ている部分が多い
・待機児童の解消や市民会館の建て替えなど共通の課題がある
・互いにライバルと思える関係といえる
・災害時の自治体間での連携はもとより、古墳をはじめとする歴史遺産の活用や、スポーツ施設の利用などでも、連携を図る可能性があるのではないか

対談内容

両市のまちの成り立ち

福岡 茨木市長(以下、福岡市長):本日はお忙しい中、お時間をとっていただき、ありがとうございます。

濱田 高槻市長(以下、濱田市長):こちらこそ、ありがとうございます。これからの季節は地域の行事へお伺いすることが多くなりますね。

福岡市長:そうですね。茨木は主に小学校単位でコミュニティがあって、お祭りや文化展などの行事が盛んです。

濱田市長:高槻でも、地区コミュニティの地域行事が盛んです。各地区コミュニティは、これまでの伝統や歴史的な成り立ちにより、活動範囲が形成されてきたものと思います。

福岡市長:歴史的な成り立ちで言うと、高槻と茨木は似ている気がします。昔から住んでいる方と、新しく移り住んだ方とが共存している点は同じではないでしょうか。

濱田市長:そうですね。私は高槻出身ではありませんが、昔から住んでいる方々は私を温かく迎えてくれました。比較的新しく移られてきた方々は、これまでの高槻にはとらわれない新しい感覚でご意見、アドバイスをくださいます。
高槻は、高度経済成長期の昭和40年ぐらいから10年ほどで、人口が約20万人増えました。この時期の人口の増え方は驚異的です。この頃の茨木はどうでしたか。

福岡市長:茨木も同じ状況でした。昭和38年の名神高速の建設や昭和45年の大阪万博あたりで人口が一気に増え、学校の建設や教師の確保に悪戦苦闘したようです。おかげで、茨木は財政再建団体から脱却できました。

濱田市長:高槻には過去に財政再建団体転落の危機がありましたが、行財政改革の推進など、財政自主再建に取り組み、転落を回避した経験があります。茨木が財政再建団体であった時代があるのは知りませんでした。

福岡市長:茨木は昭和31年に財政再建団体の指定を受けました。当時の大阪府内の市町村の7割ぐらいが、財政再建団体であったようです。本市はその後、10年かけて、工場の誘致や人件費の抑制などに取り組み、昭和41年に脱却しました。そこから市民会館を建設するなど、まちがさらに成長していきました。

濱田市長:人口の増え方や、昭和40年代の財政状況など、茨木と高槻は似ているところが多いですね。

市長就任当初の苦労

福岡市長:長らく市長をされていますが、初めに苦労されたことはどのようなことでしたか。

椅子に座る濱田市長

濱田市長:就任当初は職員の顔がわからない、全く分らなかったので、人事を考えるときには苦労しました。平成23年5月1日に就任して、7月には人事異動を行いました。その際、周りにサポートしてくださる人がいたのは幸いでした。
就任直後ではありませんが、平成24年にゲリラ豪雨があり、翌年の平成25年にも台風が来て、自然災害の恐ろしさを感じました。特に平成25年の台風18号の影響で、淀川の水位が増した時には、とても心配でした。茨木でも安威川の水位が増し、避難勧告を出されたときにはかなり驚きました。高槻市内における安威川の流域面積は、さほど広くはありませんが、安威川の監視もしなければいけませんから。

福岡市長:そのときは安威川の水位が、橋のギリギリまできたと聞いています。

濱田市長:そういった経験をしたことにより、災害時には自治体間の連携が必要であると感じました。

両市のまちの課題

 

手振りを交えて説明する福岡市長

福岡市長:今、茨木市の喫緊の課題は二つと捉えています。一つは、閉館した市民会館の跡地活用、二つは、待機児童対策です。
市民会館については、多くの方の意見を聞きながら着実に進めています。今のところ、現在と同じように市の中心部である市役所周辺が候補となっています。

濱田市長:茨木市役所周辺は景色が良いですね。川端康成氏の記念館前や、桜並木が良いですね。高槻市役所の周辺には、あのような緑があふれる場所が少ないです。もし、茨木市役所周辺に新しい市民会館ができれば、文化の中心にもなりますし、景色もより映えると思います。

福岡市長:ありがとうございます。では、高槻市の喫緊の課題は何でしょうか。

濱田市長:課題はいろいろありますが、茨木と同じく、高槻でも今、市民会館建て替えの計画が進んでいますし、今後も、待機児童の解消を続けるというのも重要課題の一つです。保育士が足りないことも社会問題化していますが、私が就任した当時はそのようなことはありませんでした。保育士が不足している状況の中、今後、待機児童解消を続けることは、とても大変であると考えています。仮に、施設整備しても、保育士が足りなければ運営できませんから。

福岡市長:さらに、ピークアウトの問題が控えています。今は施設や保育士を確保することが求められていますが、今後、子どもが減少したときに生じる余剰を考慮しないといけません。

古墳群について

福岡市長:先日、高槻市の西部、茨木市に近い地域を視察させてもらいました。阿武山古墳、ハニワ工場公園、今城塚古墳、その横にある古代歴史館などを訪れました。

濱田市長:古墳といえば、茨木も継体天皇陵がありますが、学術的には、高槻の今城塚古墳が継体天皇陵だと言われていますね。
また、茨木との市境に阿武山古墳があります。墓室部分は高槻にありますが、古墳全体で見ると、半分くらいは茨木市域に入っていたと思います。

福岡市長:阿武山古墳は、藤原鎌足の墓とも言われていますが、有力者の古墳にしては、規模が小さいように感じました。

濱田市長:本市の学芸員が言うには、あのような山の稜線に合わせて古墳が作られている形態は珍しく、日本では阿武山古墳ぐらいしかないとのことです。墓を意図的に隠したようです。藤原氏一族は、天皇の近くにいながら自分たちは目立たずに権力を把握しようという考えだったとも言われます。鎌足は自身の墓についても、目立たないようにしたいと考えたのでしょう。

福岡市長:そういうことでしたか。いずれにしても、高槻、茨木は古墳が多いですね。

 

話を聞く福岡市長と、説明される濱田市長

濱田市長:茨木と高槻の古墳群は、「三島古墳群」と呼ばれています。これを一緒にPRするのはどうでしょうか。現在、百舌鳥・古市古墳群を世界文化遺産にしようと活動されていますが、府内には他にも多くの古墳がありますので、大阪府全体で一緒にPRしていってもいいかもしれません。
せめて、茨木、高槻は連携して、それぞれの古墳をもっとPRするのはいいことだと思います。この前も、本市が太田茶臼山古墳の特別展集をしまして、その際に茨木から資料をお借りして展示しました。これからは自治体間の連携がさらに必要ですので、良いきっかけになると思います。
 

福岡市長:高槻も茨木も調査をすればするほど、遺跡が発見されるので、両市を合わせれば、歴史遺産は膨大ですね。

濱田市長:茨木にある東奈良遺跡は、学芸員が、「あの遺跡は非常に素晴らしい」と言っています。

福岡市長:あの地域は弥生時代の大集落で、銅鐸を作っていた鋳型などが多数出土しました。東奈良で作られたと思しき銅鐸が、四国などでも出土しています。

濱田市長:高槻も埴輪について、同じようなことが言えます。大昔にハニワ工場公園の地域で作られた埴輪が、太田茶臼山古墳や今城塚古墳から出てきています。埴輪の製作場所と使用場所が明らかになっているのは、全国的に見ても、この三島地域だけのようです。考古学の観点で見れば、茨木も高槻もそれぞれ積極的に交流し、一緒に議論、研究をして行くべきでしょう。
茨木では現在、歴史文化について、どのような点に力を入れているのですか。

福岡市長:本市が今、最も力を入れているのが川端康成氏に関連する歴史文化です。

濱田市長:川端康成氏は茨木市に住んでいたのですか。

福岡市長:はい、3歳から18歳まで本市に住んでおられました。
現在、川端康成氏に関する文学賞を創設しようとしています。また、「川端康成氏も学んだ教育のまち茨木」ということで、本市の教育もPRしていければと考えています。

アクセスやにぎわいなど

福岡市長:高槻、茨木といえば、新名神高速道路が開通すると、ともにインターチェンジができますね。

濱田市長:高槻にとっては初めてのインターチェンジで、とても喜ばしいです。

福岡市長:高槻インターチェンジが開通すれば、国道171号線の交通負荷が軽くなると予想しています。

濱田市長:茨木は府道なども含めて、道路事情は良いように思います。

福岡市長:そうかもしれません。しかし、駅前などの中心市街地は、特に土日の午後に渋滞が起きます。
高槻は新名神高速道路に関連して、さまざまな整備が進んでいるのではないですか。

濱田市長:新名神の関係で周辺の整備が進みました。例えば、国道171号線では、八丁畷交差点の右折レーンが完成し、渋滞が緩和されました。また、国道171号線の五領交差点と高槻インターチェンジを結ぶ高槻東道路ができて、負荷が解消されています。 

福岡市長:茨木と高槻ということになりますと、歴史文化や現在の新名神高速道路の工事など、いろいろな面で高槻と茨木は似ていると言われることが多いです。その分、茨木市民の中には、高槻がライバルと思っている方が多いです。
「茨木は高槻に負けている」などと言われることもあります。例えば、高槻は駅前が賑やかだ、JRの新快速が停車する。さらに、特急はるかまで止まるようになったなど、いろいろと言われます。

 

説明される濱田市長

濱田市長:高槻でも茨木がライバルと思っている市民の方が多いと思いますが、茨木は旧三島郡の中心でしたので、高槻にはない国や府の行政機関が多くあります。
また、高槻に特急や新快速が止まる理由は、大阪から距離があるからです。茨木は大阪に近いですから。
 

福岡市長:大阪方面に出るときはそうなりますね。ただ、東京へ行く際、京都から新幹線に乗る場合もありますが、そのときは高槻で新快速に乗り換えることになります。
駅前の賑やかさはどうでしょうか。

濱田市長:大阪に近い茨木は大阪に出る機会が多いでしょう。高槻は大阪から少し遠いので、自分のまちで完結させようと、独立的なところがあるのかもしれません。
茨木は空港にもアクセスがいいですね。高槻から関空に行くにも、特急はるかが停車する前は、茨木からバスに乗らなければいけませんでした。

スポーツ施設など

濱田市長:体育館やスポーツ施設の件や、彩都のこともよく比較になります。

福岡市長:スポーツ施設については、高槻の方が良いと言われることがよくあります。高槻には、萩谷運動公園のような立派な施設があるのに、茨木にはないと言われます。茨木にはサッカーの公式戦ができる会場がありません。
高槻には南のほうに競技場がありませんでしたか。

濱田市長:芝生(しぼ)という地域にある総合スポーツセンターの中に、陸上競技場があります。平成9年のなみはや国体のサッカーの会場として使われました。

福岡市長:萩谷のサッカーグラウンドはきれいに整備されていました。芝もきれいでした。

濱田市長:ありがとうございます。萩谷は山間部にあるので、しっかりと手入れをしないと、草木がすぐに生えてしまいます。芝も天然ですが、しっかりと整備をし、維持していくには費用は必要です。 萩谷には、サッカーグラウンドのほかに野球グラウンドがあります。
しっかりとした設備ではありますが、市内のグラウンドの数では茨木よりは少ないです。

福岡市長:茨木はグラウンドの数は多いと思いますが、それぞれの規模は大きくありません。

濱田市長:茨木には専門のグラウンドが少ないということですね。しかし、それはいろいろなスポーツのことを考え、満遍なくできているということだと思います。施設を整備する際の考え方の違いですね。高槻のスポーツ施設は、茨木市民の方にも利用していただけるので、スポーツ施設も茨木、高槻が一緒になって考えてもいいのかもしれません。

福岡市長:スポーツ施設の連携の可能性も探れるかもしれません。本日はお忙しい中、お話を聞かせていただき、ありがとうございました。

濱田市長:ありがとうございました。

~余録・対談を終えて~

福岡市長:良い意味でのライバル関係で、これからも切磋琢磨していければいいと感じています。ライバルと言えば、「仲よくケンカしな」と歌にあるような、『トムとジェリー』(※)のような関係かもしれません。

濱田市長:そうかもしれませんね。で、どっちがジェリーですか。

福岡市長:茨木がジェリーです。

濱田市長:いやいや、高槻がジェリーです。

(※)「トムとジェリー」
ネコのトムとネズミのジェリーが繰り広げるドタバタアニメ。ちなみに、トムがジェリーをつかまえようとするが、いつも失敗して時に返り討ちにあう。

握手をする濱田市長と福岡市長